現場のプロは、まず「温度」を重視してチューニング
ギターテクニシャンの仕事には機材搬入やセッティングはもちろん、ギタリストが本番で使うギターのチューニングという重要な仕事があります。ライブ現場でプロミュージシャンのギターに触るのは、主にギターテクニシャン達だけです。チューニングは本番中、リハーサル中など、ミュージシャンが楽器を手にする寸前までに音程を合わせておきます。
基本的にチューニングは、その現場によってキャリブレーションを440Hzや441Hzに合わせて基準のピッチにします。他の楽器とのピッチが合っていることが必須ですから、440Hzと441Hzが混在しないように確認します。通常、ピアノは441Hzで調律されていることが多いため、ピアノがメインの場合は441Hz(もしくは442Hz)にすることが多いです。
プロフェッショナルなギターテクニシャンがギターのチューニングで重視していることは、まず会場の「温度」です。
ギターの弦は温度が高いと緩むため、音程が下がります。また、温度が低いと弦が収縮するので音程が上がります。ちょっとした温度の違いでチューニングが変わるので、とても気を使います。
特にライブ会場では、ステージと袖(左右の端)との温度差が大きく左右します。例えば空調の冷気が袖に吹き込んでいる場合、そこでチューニングしているギターを、照明で温度の上がったステージに持って行くとチューニングが下がってしまいます。若干とはいえ、温度差はギターテクニシャンの敵です。
したがって、アリーナのような大きな場所ではともかく、ライブハウスでは冷気が楽器に直接当たらないように工夫したり、エアコンの風が来ない場所に移動したり、チューニングに悪影響を与えないようにします。
屋外ステージなどでは冷たい風が吹くと弦が収縮して、チューニングが変わってしまう可能性もあります。
チューニングのコツは弦を引っ張ること、チューナーを選ぶこと
ギターのチューニングは「下げた音程から上げて合わせる」ことが基本と言われています。
ギターテクニシャンのプロは、下げながらチューニングをすることもありますが、このとき、軽く弦を引っ張ります。ここで引っ張らないと、チョーキングした時にチューニンングが下がってしまうことがあります。合わせたらその弦を何度かピッキングします。
ナットの滑りが悪いギターは、弦を引っ張るとチューニングが下がり、ピッキングをするとチューニングが上がる現象が起こります。チューニンングを合わせても、弾いているうちにすぐチューニングが狂います。
そこで、チューニング以前の問題として「ギターがきちんとメンテナンスされているかどうか?」が重要です。ナットが調整されていないギターのチューニングはギターテクニシャンにも現場ではどうすることもできないので、そうなる前にメンテナンスすることが大切です。
ミュージシャンから「このギターどうかな?」と質問されることもあります。そこでギターテクニシャンがリハーサルスタジオでメンテナンスが必要かどうかジャッジします。
チューナーは、デジタル式のストロボチューナーを使っています。合わせやすさが気に入っています。ステージ上は暗い上に周囲で音が鳴っているため、E♭のように音程が文字で大きく明るく表示されるチューナーを使うとトラブルがありません。
かつては、KORGのAT-1という針のメーターがあるチューナーが支流の時代などありましたが、今は使っているギターテックはいないでしょう。
アコースティックギターのチューニングに欠かせない
ハムバッカーピックアップ
ピエゾタイプのピックアップが付いているアコースティックギターのチューニングをする際に、本番中にチューナーが反応しない現象が起こることがあります。ギターテックがいる袖のスペースは、多くの場合、PAメインスピーカーの裏に位置します。
メインスピーカーから音が出ていると、アコースティックギターのボディーが共鳴して、ピエゾピックアップが弦振動をうまく拾えず、チューナーが反応しないのです。
そんな場合は、ハムバッカーピックアップを改造して、直接フォンプラグを取り付けて、チューナーにギター信号を送ってチューニングする方法を取ります。使うときにちょっとコツが必要ですが、これがあればどんな音の渦の中でも、アコースティックギターをチューニングできます。
この便利グッズは、プロのギターテクニシャンの間では定番となっていますが、残念ながら市販されていません。
ギタリストに合わせてチューニングすることもプロのテクニック
チューニングは基本的に開放弦か12フレットのハーモニクスで合わせます。ハーモニクスで合わせた方が、ピッキングの強さによる影響を受けません。
しかし、オクターブピッチを12フレットで合わせていても、他のフレットではズレていることがあります。ギターの構造上、あらゆるフレットでぴったり合わせることはムリなんです。
そこで「コードを押さえたときに、2弦の3フレットだけ低く聞こえて気持ち悪いんだけど」というミュージシャンもいます。
このときは、開放弦でチューニングせずに、曲ごとにミュージシャンが弾くコードに合わせて、2弦だけ音程を少し変えるようなテクニックを使います。ステージで気持ちよく演奏できる状態に楽器をセッティングすることも、ギターテクニシャンの役割です。
また、ステージでギターの持ち替えは頻繁にあります。
1曲の間に、前の曲で使ったギターの「すべての弦を半音下げてチューニングする」ことも多いですね。タイムリミットがあるので大変です。ミスをしないために、音程が大きくデジタル表示されるチューナーを使うこと、ミュージシャンに手渡す前にきちんとチューニングできているかどうか、必ず確認することを徹底しています。
どんな現場でもノーミス、ノートラブルを心がけています。それが達成できたときは縁の下の力持ちのギターテクニシャンとして、これほど嬉しいことはないでしょう。
いかがでしたでしょうか。最後にギターテクニシャンが語る動画をご紹介いたします。
山下達郎さんのツアーメンバーでもある佐橋佳幸さんのギターテクニシャン須永敦さん(A2C)が、山下達郎さんの全国ツアー“PERFORMANCE 2018”の中野サンプラザホールのステージ裏でライブ前に収録したものです。実際にライブで使用するギターを交えながら、チューニングなどをギターテクニシャンとしての視点で語っている動画です。是非ご覧ください。